マンション内装会社に就職してすぐに挫折した私




父を学生の頃に亡くした私は

人はいつ何時死ぬかわからない、

昨日まで生きていた人が突然いなくなる

その時にその人が大黒柱だった場合に

一気に家族は路頭に迷う。

 

自分が家庭を持った時に

子供を守れる力、自分で食べていける力

がないと、万が一、不幸なことがあると

たちまち人生が変わってしまうことの

恐怖を感じ、これからは

女性でも手に職を持たなければならない

と自立心旺盛でした。

 

その時の自立心が 家を出たい

という 気持ちにもなり、

ちょっと病気がちだった母を置いて、

私は東京に就職。

そんな母が買ってくれた布団で寝た初めての一人暮らしの夜。

急に色んな思いがこみ上げて 泣いてしまった。

 

母はちゃんと眠れてるのか?弟は?など

あれだけ出たいと思った実家が心配になり

眠れぬ日々が続き、研修どころじゃなかった。

単なるホームシックかもしれない。

 

しかし、ちょっとデリケートな問題を抱えていた当時は

東京で踏ん張る気持ちが折れてしまい

挫折同様戻ってしまった。

しかも、飛び出すように荷物も置いたまま新幹線に

飛び乗ったという、なんとも非常識な行動。

 

その内装業者をやめることに。

根性なしの私は、恥ずかしかった。

未成年だったために保護者として

荷物を取りに行くのに、母についてきてもらうという

情けない出来事。

 

会社に謝る母。私が悪いのに…。

そんな挫折をしても生活するため、

独立するため、手に職をつけるためと

すぐに就職活動をしました。

 

もちろん、新社会人になり、

すぐに会社をやめるような女

なかなか採用してくれないだろうと諦めていましたが

高校で建築科卒業という学歴が当時はまだ有効で

設計事務所に面接に行き採用してもらえたのである。

若い子が夢を持っている芽を摘まない。

 

そういって社長は雇ってくれた。奇跡だった。

もちろんわからないことばかりで

猛勉強をして仕事を覚えるに連れ

残業している設計士や社長がいることをいいことに

私も残って勉強をしていた。

 

そう、苦手なパソコンを使ってCADを使えるために

本を読んでいた。

学校の授業でCADはやらずに赤点を食らったほどの機械音痴…。

とある日に、データーの出力が時間がかかるので

その間にご飯を食べに行くから一緒に行くかと

社長に誘われた。私は仕事の付き合いで、

吸収することもあるだろうからと

着いて行き食事をごちそうになった。

 

ある程度、時間が経過し、事務所に戻ると、

出力も終わっていた様子で 帰ろうとした所

 

「ここで電気が消えて、横に君が座ってくれたらラウンジだな」

と社長がいい始め、冗談だと思っていたら

「一回だけでいいからさせて」と迫ってきたのである。

 

ありえない!

 

私はモチロン拒否。 なのに社長はしつこく迫ってくる。

私は、過労した亡き父を思い出した。

この社長も疲れてるんだろう、ここで怒ってはいけない。

そう考え、笑ってごまかして断った。

馬鹿な私は相手を傷つけないようにやんわり断った。

その帰り、また社長はトイレに行きたい、

どこかトイレに入りたい などと、反省している様子もないので

私はそそくさと家路についた。

 

母には言えない。母には心配かけたくない。

せっかく決まった就職なのに、

ここでまたやめると次に仕事が無い…

どうしよう…っと、思いながら眠りについた。

結局は辞めましたが若干トラウマが残ったのか

就職先では人間関係を深くしないよう意識しすぎて

うまくいかないことが続いたのです。

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