岩美町甘露神社を訪ね歴史と由来を調査




前からずっと行きたかった甘露神社。一人で訪ねた際に鳥居に向かう前のヤブで大きなガサガサ音がしたので、獣が怖くて一人で行けないままでいたけど、県外からのお客様がいらした際に、ガイドをするのに、二人なら怖くないと思いガイドのくせしてついてきてもらうようなカタチで岩美町陸上(東浜駅)にある甘露神社へ。

問題となった、鳥居までの参道

とりあえず人がいると何故か安心する私

同行者は怯えること無く、神聖なる雰囲気を感じていらっしゃいました。

趣深い苔がある階段を登っていきます。岩石を切り裂いたかのような岩壁にきれいなシダ植物やこけなどが生育しています。

この苔の名前がわからない、、、岩のりみたいなことは確か。

ここまで来ると神秘的な杜も光が少し差してきて獣の恐怖は消え、拝殿にたどり着く。

何かの意味があるとは思うけど、右側に木が生えているため全景を撮りづらい。でもそれは人間都合。。。

斜めから、、、

狛犬には目や鼻の辺りにオブジェのように苔が。横に小さな狛犬が親子のよう。

早速拝殿にてお詣りをし、本殿にまわって観る

後ろ

本殿をよく見ると、扉の前にちいさな狛犬が、、、その前にちょっと歴史を。

甘露神社を訪ね歴史と由来を岩美町誌をもとに調査

  • 所在地:鳥取県岩美郡岩美町陸上 57(岩美町大字陸上字下塚畑)鎮座
  • 祭神:大山祇命 啼澤女命
  • 祭礼日:10月2日
  • 創祀:仁寿2年(852)5月、現在地より西ヘ約1Kmに鎮座していたが中古戦乱により海賊が民家に放火をするなど災いが起き、村民が離散して、神事をする際に不便だったため現在地に遷座
  • 永享3年(1413)修理(寺谷次右衛門・中島三郎左衛門本殿修理)文安3年(1446)10月・貞享2年(1685)10月・元禄16年(1703)9月の棟札あり
甘露神社の名前の由来

仁寿2年(852)に、春日大明神より因幡国はじめ9つの国に甘露が降るというお告げがあり、使者が神社を訪ねたところ、氏神山(通称神谷山)の峯に大きな岩がありその左右にある笹に甘露が溜まっていたのを発見し、それを持ち帰って帝に差し上げたところ平穏になったことから、甘露神社と改めた。

甘露とは中国の伝説で、天子が仁政を行った治世に、天が降らせたという甘いつゆで苦悩を除き,長寿を保ち,死者をも復活させるというという仏教で言う天人の飲み物

岩美町誌で調べたけど不明な点もあるので陸上新聞などで調べたほうが良いのな、、、話を戻し、本殿の前にある

これは、木製の狛犬だけど知識の乏しい私は本殿前にある木製狛犬の意味合いがわからない。調べてみると、狛犬や獅子は境内入口に置かれ境内全体を守るとされ本殿の前に佇むのは本殿も守護する意味合いがあるようです。

地元の人に聞いてみようと思う。この佇まいも素敵。

大山祇命 啼澤女命?など思ったり。きっと違うけど…。

ちなみに

啼沢女命(なきさわめのみこと)は伊奘諾尊(いざなぎのみこと)が伊奘冉尊(いざなみのみこと)の死を嘆き、悲しんで流した涙から生まれた泉の湧き水の精霊神

大山祇神/大山津見神(おおやまづみのかみ)は伊邪那岐神・伊邪那美神が神産みをした時の子で、大山を管理するというのが神名の由来、別名の和多志大神の「わた」は海の古語で、海の神を表すため、山、海の両方を司る神とされているらしい。

私は神社にはどんな神様が祀られているのか知ろうとする。前にも書いたけど、神様を知らないと、出産するのに歯医者にいっているようなものなんだって。妙に納得してしまいそこから調べるようにしている。

案内板は植生について

上記の写真はハイホラゴケかなと思ったけどかえって写真で調べたら全然違っていた。もっと勉強が必要。

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