吉田璋也さんの鳥取県の手仕事を読み民芸の再確認




吉田璋也さんの鳥取県の手仕事 (1977年)を読みました。

吉田璋也と鳥取県の手仕事
27年前の本らしいですが、鳥取移住をしていたのに関わらず仕事の内容的にも無縁だったために、民芸品というのは芸術とかアート、どちらかというと飾り物や置物のイメージが強く違う世界のだと思っていた事もあり、現実の仕事に追われ、なかなか読むにいたるきっかけも無く、初めて読む本です。

民芸品に関して恥ずかしながら誤解していた事も判明。書くのも恥ずかしいですがこの歳になり色々経験したり環境が変わった今だからこそ、民芸に関して素直に感じることがありました。

吉田璋也さんの鳥取県の手仕事を読み民芸の再確認

ものは違えど定義的には気持ちの部分で通じるものがあり腑に落ちる部分がありました。多くの人に使われる美しさのある日用品。華美ではなくシンプルに、粗悪品にならないよう、かつ余計な儲けをしない、柳宗悦さんの7か条などなどメモ。後は現代の作家に対しての苦言など

さらにいうと、戦前から機械化の発展によりやはり職人が作るものに対して作り続けていくために販路をどうすべきかという部分と、民衆に使っていただくために伝えるべき事がずっと課題だったと思うと

今の時代だから売れない、というよりも戦前からずっと抱える苦悩なんだという事がわかりました。ただ変わったのは問屋の位置づけかなとも。あとは機械化の発達がもっと進んで機械のものでも良品になったことも違いが。100均も質が上がり生活の便利に使う道具ですし、、、ただ、根本的に職人の販路、仕事を守るという課題は昔からずっと続いているという事です。

吉田璋也さんは本業である医師の仕事をしながらたくみ工芸にて展示販売をする拠点を設立し、職人が仕事を続け技術を守り続けていけるために販路の事や普及活動に精を出し、作ったものは買取をし、職人が安心して作れる環境を作られていたようで、かといって職人よりではなく消費者のことを考えるいわば問屋的な位置づけですが

平成の場合は問屋はどうでしょうか・・・もちろん吉田さんのような方もいらっしゃると思いますが、利益に走り、商品の品質を理解しようとせず安く仕入れることができるところ、という部分に重きを置いている傾向があり職人は下請け、おたくじゃなくても他の工場でも作れるんですよ、など言われる事や良品返品などもたくさんで信頼関係を築く事がとても困難に思い自分で売ることを決意しました。

そして自分は人に同じ事をしないと誓い、同業者でも他の生産業でも歩み寄りで人と人とのつながりで仕事をしています。私利私欲ではなく相手に対して心の底から感謝の気持ちを持ち、その経験がまた次の仕事に活かすことが出来、とありがたい繰り返しです。

どの時代もやはり相手のことに親身になり仕事をすることは健全に働くという面で大事だと思います。

職人を目指した時にデザインの勉強や歴史の勉強をしていたわけではないので家具職人を目指した当初の浅はかな知識でよんでいたとしたら、この本はまったく違う捉え方をしていたと思います。

何の本でも経験や環境や位置によりそれぞれ捉え方や気付きや広がりが変わりますね。

鳥取民藝美術館・鳥取たくみ工芸店さんを拠点とし、さまざまな手仕事の工芸品を見る事が出来ますしいろんなイベントも開催されています。

木工に関しては虎尾政治さんに師事し、吉田璋也さんに指導を受けた先代福田祥(あきら)さんの長男である、現在倉吉市に在住している福田豊さんが鳥取民芸木工として民芸の心と無垢材と本漆による「鳥取民芸木工」を継承し、使い手の方々に喜ばれる製作活動していらっしゃるようです。

吉田璋也の世界
これもみましたが牛ノ戸焼きが美しいです。もちろん陶芸に関しては岩美町浦富の浦富焼きも好きです。

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