悪いことを批難するより良いことを促すか…




人生も折り返し地点に付き、しょぼい人生ながらも色んな経験という学習を積み重ねて上で、価値観の違いや環境の違いにより思考や意見が違うことも実感し、

それを押し付けないようにしようと思っている私に良い言葉が舞い込んできました。

悪を正すのではなく良を促す。

うん。要は悪を正そうと批判をしたり注意をするのではなく、良いことを促すようにするということ。その理由は人は批判されたり否定されると反発したくなり争いになるから。

悪いことを批難するより良いことを促すか…


確かに、自分もそうだけど、人がしていることに対し、頭ごなしに批判的なことをいうこととかを見るとちょっと気分が悪くなる。そして自分の場合も批判的なことを素直にありがたい意見だと思うのに時間がかかりました。

そう思えるまでの自分は自分のプライドが邪魔して素直になれないでいる自分の小ささというコンプレックスを感じていましたし、批判的なことをいわれても自分は自分だと思うと同時に、人の芽を摘むことはせずに、

じゃあこうしてみようか?

などと批判ではなく良策を一緒に考え、生産的な意見を言うことにしています。悪を正すのではなく良を促す。 この言葉を見たときに、同じようなニュアンスだなと思いました。

こうやって上手に言葉で表現できるのは素晴らしいなあ。なんだかぐちゃぐちゃうだうだ言うのではなく完結にまとめて伝えることができるのは憧れます。

実際、悪を正しても反発するものだし、良いと思うことを促すようにまずは自分で行動したり体験し、その姿を見ることで相手に気づきを与え行動に移すことになるのは確かで

職人の世界でも言葉でなんだかんだぐちゃぐちゃ言ってもやってみせるほうが腑に落ちやすく、反抗的な心もなくなってくる。

細かいことを言うと、段取りとか掃除とか、必要性に気が付かない人に叱るのではなく自分が自らやれば、あ、必要なんだなっと気づいてもらうことができる。気が付かない、気がついてもしない人は叱って言い聞かせても結局いつか離れていく。そうなるとお互いに良い別れではない…。

人間関係でも相手をねじ伏せたり、相手の間違い探しをしてただ批判するのではなく、良策を受け入れてもらえるような自分になることが円滑で無駄な争いやストレスが無いんだと思いました。

ここ数年では自分の良策がない、ただただ愚痴っぽい人や消費活動的な批判的な人とは一切付き合わなくなりスルーすることにより心が振り回されることも減りました。

若いときはそこにある環境に感化されやすいしそれが当たり前になりそれが居心地が良いか悪いかにより道を変えるひともいれば、疑問も感じずそのまま真っすぐ進めたりする人もいて。仕事上色んな世代や職業の人と出会いますが、本当に違いを感じます。

ただその違いに関して誰も否定せず、それぞれの強みとして活かしあい調和している。昔の自分なら付き合うことも無理だった人でも自分の馬鹿さ加減を痛感した今では一人ひとりの生きてきた道に敬意を持てるようになりストレスが無くなりました。

ブログへの直接感想と相談はこちら^^(秘密厳守)




ブログランキングで応援して下さいランキングが上がります^^↓
にほんブログ村 インテリアブログ インテリア・家具製作へ
↑2個クリックしていただけると嬉しいです^^↑

[`yahoo` not found]
このエントリーを Google ブックマーク に追加
LINEで送る


家具職人のメルマガでしか言えないお話

コメントを残す

このページの先頭へ