田舎移住で家具職人6.障がい者でも適材適所で仕事ができる木工所の素晴らしさ

私が家具職人を目指したのは小学校2年生の時。友達の家に言って家具職人のお父さんが婚礼家具を作ったと聞かされかっこいいと思ったから。

詳しくは家具職人への道1に記載しているのでお読みください

それから、田舎暮らしをしたい願望も叶え、木工所に勤めながら自分の描いた未来を現実にするためにまずは仕事の基盤づくりをするのですがどんどんどんどん忙しくなり理想から遠ざかる現実。

ただ、、、大切なことを学んだ時期でもありました。

5.別注家具職人にこだわり通販家具の量産をバカにしていた頃

の続きです。

6.障がい者でも適材適所で仕事ができる木工所の素晴らしさ


量産家具製作を誰でも出来る簡単で同じ繰り返しの退屈な仕事だと思っていた私。しかし実際にやってみると奥深く楽しく、誰でも出来るわけではないと実感。

確実に丁寧にリズムよく周りを乱さずに自分のパートの仕事をこなしていく、すべての作業にコツや知識が必要で、早く仕上げるための工夫とか道具の持ち方や体の置き方、傷つけないようにするための方法や機械の微調整などなど…書き始めると長いので割愛しますがとにかく突き詰めていくと面白いんです。

他のことが出来なくても適正な場所で実力を発揮できることもあるということも知りました。

その木工所には様々な従業員が居て、耳が聴こえない方や、言葉が話せない方、自閉症、発達障害、その他、障害者手帳を持つ方が複数働いていました。

量産家具の作業では様々なパートがあり、機械の設定方法を覚えて間違いなく確認をすることができれば耳が聴こえなくても出来る作業がたくさんあり、手話やボディランゲージや文字で説明が成り立つので機械のトラブルで異音が聞こえないということ以外はスムーズに仕事をされていました。(車の運転も自分でして出社していることに最初驚きました)

自閉症の方でも、あることに関しては集中してできるスキルが高く、言葉が話せない方は話す必要がない組立作業、数が数えられない方はパーツを取ったり運んだりするサポート役になったり発達障害でも数字を覚えるのが得意な方は絶対に寸法を間違えずにカットできる能力がすごく高く…。

適材適所で能力を発揮して一生懸命働く頼もしい方々だったのです。

もちろん意思の疎通がうまくいかない方も居て誤解により大量の失敗が出ることや、その日の気分(体調)によっては仕事が全然出来ないなどのリスクも有りましたが、それでもひたむきに仕事をする姿は信頼できるし健常者でダラダラ仕事をする人たちよりもとても気持ちの良い勤勉の社会人だと思います。

私はオーダー家具なので一人で仕事をすることが多かったのですが、時折現場搬入や取付時に手伝ってもらう人がいて、本当に頼りにしていました。一緒に現場に行く時に名前を記載しないといけないのですが、その時に字が書けない人だと知り、きっと子供の頃とても苦労したと思うけど今はそれ以外の得意なことを活かして仕事ができると強く印象に残りました。

もうひとり、私とだけ会話をしてくれる男性が居て、会話は、得意な宇宙とか原始時代とかそういう目に見えない同じ話を繰り返しされるのですが、私にとってそういう時間が仕事の現実から離れることが出来る時間でもありました。数字を忘れないので材料カットの手伝いもしてもらっていたことも…。

福祉施設にも外注として芯材をタッカー打ちする仕事を出していたので私がその施設に取りに行くことも有りましたし、工場がいっぱいのときは私がそこで一緒に芯材打ちをすることも有りました。

社長がいっていた、人に役に立つ仕事、喜んで貰える仕事、というのはお客様だけでなく従業員やその家族にとっても良い場所だったのではないかと思います。仕事するチャンスを提供する。得意なことを見つけて適材適所で仕事をする。中には1から10まで数えれなかった人が仕事をしていく上で数えることが出来たようです。

失敗した材料やパーツなどは全部会社が負担するので社長もミスを背負いながら育成する覚悟がないとなかなか出来ることではないですよね。

ときにはうつ病で不登校だった若い子が入社してから全然出社しなくて、時折半日だけ出てくるということをしていたので、社長になんで解雇しないのかきくと、もうちょっと様子を見てみるんだといって彼のことを批判せず拒否せず、待っていました。

だから、いきなり電話してきて田舎暮らしがしたい、職人を募集していませんか?と強引に問いかけた変わり者の私のことも偏見なく話をまず聞いてくれて受け入れてくれたんだなと思うと感謝です。

この木工所の仲間がとても大切で、いつしか私はここで働く仲間の雇用を守るためにどうすればよいのか?と考えるようになり、自分のやりたいこととか、自分が心地よい暮らしをしたいと言う欲よりも、先にこの木工所を守りたいという気持ちが強くなったのです。

なぜなら、当時、中国産の輸入家具や大手が自社工場を海外で作ったことに押され、日本製の家具がどんどん買い叩かれる時期に突入し危機を感じていたからです…

7.下請け木工所の苦悩と不満から直売を決意

につづく。

人によっては差別だとかきれいごとだとか、いいますが、私にとって純粋に一緒に働いてきた経験と、その社長の意思を自然に継いでいて、こんな短文では収まりきれないほどいろんな思うことがあるのですが、何らかの理由でうまく社会に溶け込めない方が、適材適所で(木工以外でも)仕事ができるチャンスを作れる側になりたいと思っています。

まだキャパ不足のため実現できていない自分がとても情けなく思います。

尊敬する小川三夫さんの

不揃いの木を組む (文春文庫) [ 小川三夫 ]
を読んでいたこともあいまっています。

家具職人への道その後…田舎移住で家具職人目次一覧



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 家具職人になるまでの経歴や経緯は⇒家具職人への道(全20話)

 田舎暮らしをした話は⇒田舎移住で家具職人(全16話)

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