田舎移住で家具職人15.介護と死別で依頼されても仕事ができない日々

田舎暮らしで家具職人をしながら心豊かに暮らしたいという目的のために、タウンページで見つけた木工所に突然電話をして雇い入れてくれた社長のおかげで田舎移住をすることになり(家具職人への道20話田舎に移住参照

いつの日からか会社のために働いてのちにリストラで丸裸。

それでも残ったスキルを活かしてまた家具職人として復活するべく田舎に居座ることに。もちろん独立してすぐに職人賦活というわけに行かず試行錯誤をしながら徐々に家具作りの仕事が舞い込んできました。

14.家具仕事がない時の収入源の確保と息抜き登山

の続きです。

15.母の介護と仕事パートナーの死別で依頼されても仕事ができない日々


ボソボソ書いてきたブログから、自分の予定より早くオーダー家具の製作依頼が来るようになり、まだ自信はなかったけど工場や産業技術センターを間借りして製作したり、外注に依頼して着々と仕事依頼も増えてきた中で

数年前の木工所の倒産に関しては精神的に傷がいえていないので自己嫌悪や劣等感で心が堕ちたときには海や山や畑仕事で一人で黙々と心身療養。

いつかはまた社長と一緒に工場を復活させて仕事をしたい、欲を言えば前に一緒に働いていた、適材適所で働く頼もしい相棒だった彼らを雇用することができれば…そのためには資金も必要だと思いとにかく、家具のことに限らず人に役に立つこと、依頼されることを仕事として収入を得る生活。

その傍ら、家具のことも並行し、前の会社の社長とこんなことしてみよう、こんなことができればいいねなどと復活に向けての姿を描いていました。

リストラ後も関係は良好で、私があまりにも食べ物がなくて生活が成り立たないときにはなけなしのお金を貸してくれて助けてくれたり、運転免許の更新費用がなくて、仕事の未来も不安な時、もう免許は更新しない!お金がないやつは身分証明書も持たなくていいんだ!などと人生に自暴自棄になっていたら更新費用を建て替えてくれたりと

自分も苦しい生活のはずなのに手を差し伸べてくれていました。よく考えると田舎暮らししたいと面接に行ってからずっと手を差し伸べてくれていたなとおもいます。

早く私も恩返しをしたいと着々と仕事が軌道に乗ってきた頃、ガンが見つかり、もう末期だということで桜は見れないでしょう…と先生が言ったと言うので、それを受け入れたくない半面、受け止めてチューリップを100個植えて満開を見せることを願掛けにしたり…

実際の写真↓


※過去記事にチューリップを育てている記事があります。
古民家の庭にチューリップの球根100球植えます。育て方は?
チューリップに願掛けしたら仕事運も良くなった

社長も全力で闘病して春を越え夏を迎える、といった時に私の母が脳こうそくで倒れました。

発見が遅かったこともあり、後遺症がひどく、左半身に麻痺が残りその時には、もう歩けるようになるかわからない、言語障害やその他の後遺症が残ると言った状況で介護が必要になりました。

私としては田舎で往生際悪くもやしの味噌汁やもらった野菜でくいしのぎ、いろんな仕事をしながら種まきをし、徐々に家具の仕事や地域活性の仕事、ガイド仕事に畑など、これからやっと形になり始めたのに、、、

という思いもありながらも、いやいや、母のことが一番だ、父が学生の時に亡くなってから母のことは自分が看ると心の中で決めながら、好きなことさせてもらっていたので一旦大阪に戻って介護をすることを決めました。

ところがそんな美談で納まるわけもなく…。人の欲というのはなかなか消せません。介護をしながらネットで受けた仕事を外注にお願いをしたり合間合間に自分が工場に行ったりとしているうちに、介護という現実での精神疲労がどんどんかさんでいき、

依頼された仕事をこなせない、断らないといけないということが立て続けに起こり、10年以上かけて種まきからの芽が出たのに私は何も出来ない、価値がない、人の要望に応えることが出来ない役に立たずの人間だ、

そもそも社長も母も病気になったのは私がロクでなしだから目的を達成することも遅く何をしても振り出しに戻り、また1から歩きはじめの繰り返し、何一つ良い報告をして気持ちを楽にさせてあげることが出来ず心労かけたせいだなど、ネガティブ思考に陥り、

結局、理想ばかりで現実は何一つ出来てない人生だった

という現状、介護という未来の見えないトンネルに将来の成功像も見えず、このまま仕事もできない役立たずで人生が終わると思うと自分は生きてるだけで迷惑な存在だとまで思ったり…

今まで仕事ではいろんなことを気力で乗り越えたのに、今はネガティブにしかなれずこんな心理になるとは思いもよりませんでした。表にはあまり出さないように平気なふりしていて後で乗り越えられた時に書こうと思っていました。あのときは心底病んでいたんですね…。

そんな心理状態の時に、元社長が亡くなったと身内の方から連絡をいただき、介護でお葬式にも行くことも出来ず目的を一緒に達成できなかったという自分の無力さが更に押し寄せて廃人みたいな心境でした。未来の自分が一人で生きていくための収入源の心配も出てきますしね。

しかし私は母に今まで好きなことをさせてもらったからこそ生きてこれたという感謝があるのでまずは目の前の介護だと思い、勇気を出して仕事をし続けたいという執着心を一旦切ることにしたのです。

こういう時に、大変ね、あなたの人生もあるのに、結婚できなくなるんじゃないの、これから仕事どうするの?などと言われるとそれはあなたが自分の立場になった場合にそう思うことだろ!私はあなたとは価値観が違う!っとムッとしていました(笑)

とにかく我を消す、欲を消す、出来ないものは出来ないんだから無理にしようとしない、、、とにかくとにかく私にとっては親が優先。わがままを応援して助けてくれたのにいざ困った時に私だけは自分のやりたいことだけするのは後悔する…

(それでもネットでの依頼があるときは外注、もしくは母のデイサービスの間の一日数時間の木工所ヘルプ)

そうやって今でも田舎暮らしで心豊かな生活、そして夢半ばの目標の再実現、今まで築いてきたことの再開などを胸に、介護の合間にできることは細々と…田舎に戻るときにする仕事の準備を裏で続けています。

母も随分回復し、最初の頃と比べると、自分の足で歩けるようにもなり毎日毎日リハビリウォーキングに付きあった成果が見えるのも励みです。辛いリハビリはやりたがらずに途中でやめる人もいるみたいですが、母は入院中から一日たりとも休まずリハビリをしてきたので、やはり継続は力なりだなと感じます。

回復したから完治ではなく日々の継続が大事で、その継続をしないとまた動かなくなるので、継続するには体が元気とかの前に、精神力が必要です。辛いリハビリをやめることは簡単で楽、でもその分、出来ないことが増えてきてのちにもっともっと不便になってくる。これは仕事でも言えることだなっと感じています。

私も家具職人の修業や、家具製作も忙しすぎてパンクしそうだったこと、苦手なネットショップの運営や倒産からリストラ、独立して兼業で食いつないできたこと、全部諦めるのは簡単で、辞めて楽な道に乗り換える方法もありましたが

精神力に負けて逃げたり諦めていないから結局、全部自分の中にスキルとして蓄積されて残っているので仕事を失ってもまた仕事を生み出せる行動力が身についたんだと思います。

もちろんこれは正解ではないし正しい見本ではありません。ただ、自分が生き方に納得をしているかしていないかだけであり、、普通に生きていれば私のようなアホな暮らしをすることはありません。他人におすすめすることでも胸を張れることでもありません。恥ずかしい痛い大人です。

ですから今はとにかく介護優先の日々、まだまだ目的妄想は胸の中で輝いていて、昔の私の特技でもある根拠のない自信を持つおめでたい頭です。今まで携わってくれアドバイスや見守ってくれた人たちに感謝。

あまりにもゆとりのなさに音信不通の引きこもりになり、約束が守れなかったり、お祝いごとに顔を出せず不義理にしている人が結構います、もし会ったとしても無意識にネガティブなことを言ってしまうと後悔するので今は会わないようにしています。

もうちょっと精神も生活も安定したら感謝巡りをしないと!

あとは体だけを壊さないように。あ、もちろん心も。

16.家具職人という仕事をこれからどうするか

に続く

 

家具職人への道その後…田舎移住で家具職人目次一覧



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 家具職人になるまでの経歴や経緯は⇒家具職人への道(全20話)

 田舎暮らしをした話は⇒田舎移住で家具職人(全16話)

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