家具職人

家具職人のお仕事ブログ記事からプロフィールにアクセスしていただきありがとうございます。

家具職人を目指した経緯や田舎移住してからの様々な体験談を書いていますが、プロフィールを補足することで記事上での行動や発言、思考の受け止め方が変わると思いますので興味を持ってくださった方はこのページを最後までお読みください。

基本的には家具職人への道1・少女時代の衝撃からストーリー仕立てで書いていますが長いので簡潔にこちらにも目次ダイジェストとして記載しますので気になる記事にアクセスしてください。

家具職人プロフィール

  • 出身地 大阪府大阪市
  • サラリーマンの親の次女(父は子供の頃他界、現在母と介護同居)
  • 工業高校建築科卒
  • 身長165cm・AB型・基本右利き
  • 資格・宅地建物取引主任者、観光ガイド
  • 趣味・登山・野菜栽培・地域の歴史や地質、植物調査
  • 欠点・したくない事を我慢することができない、言いたいことを抑えることができない、(街で見知らぬ人のマナー違反を恥かかせてでも直接指導してしまう)仕事以外で人と『深く』付き合いたくない、サプライズや褒め言葉が苦手
  • 戒めの素・読書、マラソン参加、花の成長観察
  • 2016年春から断酒継続中

家具職人の仕事を通じて学んだ事

仕事の価値観は人それぞれ。個人の当たり前レベルにより取り組む姿勢が変わる。自分の考えを人に押し付けない。苦しいか楽しめるかは自分次第、新しいチャレンジや難しいことなども乗り越えた先を想像して楽しめないと長続きしないし成長しない。

言葉のように言い直したり書き直したり謝ったり誤魔化したり表情や感情で修復出来ず、パワーバランスで何とかなるモノでは無い。失敗したら謝るだけでは解決しないため、また時間と材料を使って作り直しになる(前職の営業の仕事との違いを痛感)

技術があるだけでは成り立たず、使い手を想い、生活の不便を快適にしたり、仕事の作業効率を良くしたりモノを美しく見せたり保管したりあらゆる悩み事を解決するサポートをすること、要は依頼者のご要望に苦痛なく気持ちよくお応えすることや目的を達成する手伝いをすること。あると喜ばれる事。私の場合、家具だっただけであらゆる職業においても仕事として大事な部分は共通していると感じている。

嘘つきやごまかし精神は必ず製品に現れる、整理整頓大事。体型や体調管理も仕事の一環、怪我は恥。

家具職人の田舎移住ダイジェスト

家具職人への道1・少女時代の衝撃から家具職人への道20~田舎に移住~非常識なタウンページハイジャック

のその後…

    • 2004.4 田舎移住計画成功!ワンボックスカーに木工道具とサーフボードとソファーと服を積んで田舎暮らしスタート

詳細記事  

1.家具職人、田舎移住を目指して木工所で面接

    • 2004.4 田舎で家具職人と趣味の両立のスローライフを目指す
    • 2004 5 田舎暮らしでスローライフのはずがオーダー家具製作に没頭する日々がスタート

詳細記事  

2.家具職人の田舎暮らし・仕事も趣味も充実したスローライフの理想と現実

  • 2004夏から2005 早朝と夜に誰もいない工場で製作、日中は現場取付など作っては納品の多忙で記憶なしの仕事もあり
  • 2005 秋 木工所の主な仕事の通販家具部門の皆が作った製品の理不尽な理由をつけた返品の山に憤慨し、週末に倉庫市として国道沿いの倉庫を借りてもらい問題のない家具をB級品として直売スタート
  • 家具職人として平日は仕事し、週末には倉庫市だけでなくフリーマーケットにも出店する。とにかく一生懸命製作した家具工の労働やできた家具の扱いを軽視する取引先などに憤りを感じなんとか抜け道を模索

3.怒りの家具職人・田舎の国道沿いで手作り野菜販売ならぬ家具の直売始めるぞ

  • 2005 冬 通販家具や住宅備付け家具製作が海外の安い製品に押されこのまま下請けではいけないと、ネット直売をしたいという会社の願いをアナログの私が引き受けて勉強する事に
  • 2006.2 昼間は家具職人、夜はネットショップ構築勉強で睡眠時間2.3時間で見るに耐えない汚いネットショップオープン
  • 2006.3 オークションにも出店し、宣伝誘導のブログ執筆を始めるも、商売抜きの個人ブログを息抜きに使い始める
  • 本来家具職人として仕事したいのに苦手なネットショップ構築のストレスが募り毎日泣いたり、頭が剥げたりする中、夜中にリフレッシュで更新していたブログ交流友達に救われる日々(笑)
  • 2007 ホテルや病院、マンションの家具製作など日中にこなして夜はネットショップの管理や出荷準備などとにかく休みなく働きブログ友達に当時流行り始めた言葉の『社畜』『ワーキングプアー』などとからかわれるも、自分としては皆のために頑張る事に力を発揮できた

詳細記事 4.田舎暮らしで反スローライフ生活・仕事の息抜きはマラソンと漁火

5アナログ家具職人が田舎でネットショップ作る

6.友達がいない田舎の家具職人にブログ友達が出来た

  • 2008 ネットショップが軌道に乗り始め、オーダー家具の製作をする時間が取れず、ネット販売専属スタッフになり、木工所を退職し、販売会社の社員に異動する(とはいえ木工所の事務所の小部屋)
  • 夜中に1人で事務所にいたところ、木工所が火事になるも私がいたため通報も早く消化活動も早くでき大きな被害は免れるも消火剤の影響でマイ木工道具はサビサビに…
  • 2009 とにかく家具職人の仕事は保留し、今は木工所が下請け脱却するために販路開拓に明け暮れ、ブログ友達がくれた野菜の種を工場の横にまいて、栽培の成長観察が息抜きになり、土日の午前のみ仕事のリフレッシュにと有機野菜農家さんの援農を始める。農家さんも販路の悩みは似ていると気づく
  • ネットショップは忙しく、シャワーのみの帰宅の家。移住前からもともと抱えていた人の肩代わりの借金もあった為、家賃を節約し、引き払って事務所のソファーで仮眠をし、銭湯に通う日々。…遊びに来たいという姉に、泊まれる家が無いと言ったら『それホームレスやん』といわれ自分の生活スタイルに気づく。

7.家具職人を辞めた日々、木工所の火事と家無し、援農体験

  • 2010 ネットショップは売上アップしていくも、木工所が下請けとして受けている仕事を優先的に作らねばならずネットショップは在庫なし・予約待ち、になりクレーム対応などにも胃を痛める
  • 2010 木工所の億単位の大口の仕事が海外に流れ、過剰雇用でもリストラ出来ない社長、また薄利多売の無理難題の通販家具のしわ寄せがどんどん押し迫る。利幅のあるネットを優先にしていこうと提案するも大手さんに逆えず無理し続けてとうとう銀行も態度が一変し倒産へ…ただ私は最後までハンドルを離さなかった社長を尊敬しています。ネット販売の会社は残るが事務所が木工所の中にあったので立ち退きで仮眠場所もなくなり本当のホームレスに(笑)
  • 2011 私がもっとネット販売をもっと強くごり押し出来ていれば…と倒産した木工所を救いきれなかったことの自責の念にかられる日々、会社が事務所を探してネット販売は継続し、援農に行けなくなる。住まいは社長の知人の紹介で解体予定の廃屋に。あまりにも寒く、水道管が凍結したりキッチンの台拭きがカチコチに凍り、天井は雨漏りで落ちてきそうな箇所も…。
  • 移転先の地元の農産物などの販売代行のネットショップを制作する。
  • 2011 ネット販売の家具を作る木工所がなくなったので海外生産に向け何度か出張を繰り返し輸入家具で乗り切るが、木工所にいた家族たちも社員になるため経費が嵩み、他人の私がネットショップを引き継ぎして退職することに。それでも大阪に帰りたくなくて古民家を見つけて年末に賃貸契約。
  • 2012 私は仕事するためだけに田舎移住したのではない、田舎で暮して心豊かに暮らすのだ…と妄想して無名、無信用、無職で古民家暮らし さてさて…

8.木工所の倒産と廃屋暮らしで再スタート

田舎で無職・家具職人復活に向けて

2012 今までの知人とも全て音信不通にして家具職人として復活する為に勤しむ決意、しかし食べていくには仕事をせねば、家具工房があるわけでもなく、すぐ売れるわけでもない。では今の自分にできる事はと考えて、農産物の販売代行やネットショップのコンサルティングなどをスタートするもまだまだネットは怖いと言われたり、報酬がもらえなかったりと苦悩する

2012.3 今まで我流・独学で時間がかかったのでインターネットマーケティングを素直に学ぶ事に。ネットで収入を得ながら家具職人復活に向けて準備をする決意を固める

2013 インターネットマーケティング勉強で知り合った人と組んで、私が農家さんにネット販売を教えるコンテンツを作成する傍ら、10月にこのブログを立ち上げ、復活に向けて誰も読んで無いだろうと独り言をぶつぶつ更新し始める(当時の記事は消えてしまいましたが…)

2014 ネットからの問い合わせより書籍を出版する。家具職人が本業としたいため、切り離して考えていたため積極的に情報公開していませんが販売時にはAmazonのジャンルで一位でした。

また、このブログでもオーダー家具の問い合わせが寄せられるようになり、復活はまだまだだと思っていたので慌てるも問い合わせ対応でドキドキしながら受注を始める

2015 知人と始めたネット販売を教えるコンテンツについて私の熱量とスピード、やりたいことの理想の相違で、お金の為とやりたくないことをしないといけないのに表に立っているのが私という状況に精神的にも病み、やりたくない、辞めたいと申し出て辞めるのに引き延ばされ1年ほどかかった。やはり過去にも売りたく無い家を売る苦痛で仕事を辞めた私は、やりたくない事は心身に悪いと痛感…

2015から2016 ネット問い合わせのみでオーダー家具の受注をし、知人の木工所や産業技術センターを借りて製作し徐々に仕事も精神も復活していく

9.田舎で無職、経験を活かした仕事で失敗を繰り返しながら食い凌ぐ

2016 息抜きで海辺を歩いたりするうちにもっと山奥や藪の先を知りたくなり1人では怖いので地元のガイドクラブのイベントに参加してそのままガイドクラブに所属して資格も取得し、WEB配信も担当する。

移住してから切磋琢磨してきた元社長がガンになり余命宣告される。復活して一緒に仕事をしたい情熱を絶やさず回復を信じて自分は仕事を安定させる事に注力する。

2017 ガイドも仕事も軌道に乗り始め、山麓を開墾して野菜栽培も再開して40歳までにはしたいことが近づいてきた!ガイド活動も取材など増えて地域貢献出来てきた!と思った矢先に母が脳梗塞で倒れ要介護に。私が母を介護する事にし、実家で介護中に、元社長の訃報を聞き、葬儀にも出れないまま今に至る。木工所も救えず元社長とももう仕事出来ず、好き勝手に仕事ばかりして母を大事にしなかった自分を責める日々

2018 家具製作もガイドも仕事依頼は来るも介護で出来ず、かといって生活費も必要だしというジレンマと高卒から母と離れて暮らしていた私が高次脳機能障害や、麻痺などの後遺症を抱えた母と暮らし今まで想像もしなかった心理状態になり自分は役立たずだと希死念慮に襲われる日々。しばらくして出来る時間だけ木工所の手伝いをし始めて精神回復を遂げる。やはり私はものづくりで救われています。

私はポジティブだから大丈夫、そう強気で生きてきたはずなのに、この信じがたい鬱状態は私にとってとても学びとなり今までを見つめ直し未来に活かす体験となりました。まだ完治してませんがなんとか前を向いて田舎に戻れるよう呪文のようにブログにも田舎に帰る宣言をうざいほどしています。


ダイジェストになりましたが詳細は時系列で家具職人の田舎移住として記事に記載しています。

最後に

過去を掘り起こすと自分がいかに欠落しているかが露呈して恥ずかしくなります。

なぜこんな自分なのか?仕事ややりたい事に没頭して自分を客観視することもしなかった人生、40までにと描いた仕事も未来も見えなくなった2017年から沢山考えました。

そもそもなぜ好きな仕事をして田舎暮らしにこだわるのか?などなど…

深くは書きませんが、10代の様々なことが色々拗れた価値観になっているのか?本来の価値観が拗れているからトラブルが多いのか?

とにかく欠落した私が波風立てずに生きていくには泣き寝入りして蓋をした過去を忘れ去り、何にも思い出さない地で人の役に立ちながらなんとか生きがいを見つけてやり直したかったのかもしれません。

田舎に移住しても忘れ去れなくて何かを埋めたくて自分に自信がなくて許せなくて仕事に没頭していたかもしれません。きっとずっと埋まらないからうまく付き合っていきます。ものづくりと山歩きや野菜栽培は無になるから心地よいです。さあ母と田舎暮らしするぞ〜