家具職人への道19~木工所を辞め木工所に転職繰り返し~

家具職人への道18~木工所見習いデビュー体験談~の続きです。

未経験・女という理由で門前払いの日々からようやく家具職人修業を経て家具職人への道を歩き始めた私、

どうしても技術向上したくて踏ん張るも、うまく馴染んでいけない悩みから間違えた選択をして退職…

家具職人への道19~木工所を辞め木工所に転職繰り返し~

とにかく師匠には謝罪をしたら温かく許してくれましたがもう迷惑かけたくないと自力でまた木工所探し。

とにかく仕事内容の理想は考えず木工に携わる経験の間隔を空けたくないと、木工所の求人をハローワークで探しました。

幸いなことに?キッチン製作をメインとしている量産家具工場がありそこにお世話になりました。

量産なので今までのように一つの商品を1から自分で作る事はなく、ほぼ機械なのでマイ木工道具は一切必要ありませんでした。

とにかく早く正確にパーツを加工して寸法に間違えを起こさず次に流すという機敏さが1番必要で、別注家具とは全く違う仕事内容です。

別注家具屋では技術は盗んで覚えて自分で考えて成長して行きましたが、量産の場合はチームワークなので最初に手取り足取り教わりあとは身体が慣れたら1か月経たぬ間に戦力となります。

量産家具製作は誰でもできるとか、簡単だと軽視していた私は、数年木工技術を向上させるためだけに土日含め精神集中していたのに、量産家具屋で出会った同世代の仲間とサーフィンに行くようになりました。
(先に始めていた姉の影響で住宅販売営業マンの20歳の頃にボディボードについて行ったことがあったので抵抗なくはじめました)

平日は仕事、週末は夜中に海に移動して仮眠して波乗りして月曜日からまた仕事、という日々が楽しくもありましたが今年家具職人としてはなんの進歩もない惰性的な日々。

ただ私はこの木工所の機械を全部調整できるようになろうと様々なNCの入力や刃物交換、フラッシュ製造機、糊貼り機など『いるからには吸収する』と、社長からも毎朝、パートさんが使う機械の始動を依頼されていました。

とある日、仕事の使い傷めにより鎖骨に激痛が走り病院に行った帰りのバス停で求人チラシがぶら下がっているのを暇つぶしに見てみると…

なんと、別注家具職人募集の求人情報が!

『この傷みは、この木工所に出会うためじゃない?!私ってラッキー!』

など自分のことしか考えてない私はバスが来るのをそっちのけで、そそくさとその木工所に電話をしました。

すると、ちょうど女性の職人さんが1人いて、仲間?になればと女性を希望していたのですぐ面接してくれ採用してくれたのです。

少しでも経験がありまだ若かったから、初心者の時よりはハードルが下がりました…。続けていて良かった…。

で、キッチンの量産木工所では人の出入りがもともと激しかったのでアッサリ退職を認めてもらいましたが、機械の始動だけは誰かに引き継いでと言われ引き継ぎをして退職しまし、また別注家具職人へ戻ることができました。とても嬉しかったです。
(当時は自分の人生を理想的に進むことしか考えてないから罪悪感もなかったです。)

また1から自分で製作をするという日々、職人さんは15人くらいいましたが、みんな優しいし会話もあるし教えたり持ち運びの手伝いも普通に行われて萎縮する緊張感がなかったので心地良かったです。

きっと私が仕事場の空気を読めるよう、邪魔・目障りにならない所作を身につけ成長したのでしょう…。

その木工所では日曜日しか休みがなく、満員電車が嫌いだから自転車(奮発してキャノンデール)で片道1時間半ほどかけて出勤し、変わらず週末はサーフィンをしていました。

とにかく満員電車は憂鬱で周りの男女を見て自分も朝からこんなに疲れた顔してるのかもと思うとゾッとして、私は違う道を生きる!っとオフィス街・スーツやヒールは縁遠い環境に身を置く選択をしています。

好きな仕事をして趣味もあり、充実した日々かと思っていましたが、心の奥底にあるモヤモヤ感や違和感や不安は消えることはありませんでした。

ただ家具職人の技術を身につけ、友達と爆笑しながら音楽かけた車で海に行き(波に立てないへっぽこの為)サーフィンがうまくなりたいと練習した日々は楽しかったことに間違いありません。このまま都会人生が進むのかなと。

あの時、死にそうになるまでは。

家具職人への道20~田舎に移住~に続く