家具職人になりたいと当時はお前には無理、と門前払いの中、ようやく家具職人の修業の道を開き転々としながら田舎移住をして倒産からの復活の兆しが見えた私、やっと自分がストレスでは無い生活と仕事が出来るようになりましたが…

12.田舎移住を受け入れてくれたボスが癌を患う・母の介護始まる

の続きです。

母の在宅介護で今までの生活が一転し、それでも田舎との両立をしようと表上では変わらない状況でネット集客もしていました。

今まで築いたことが諦められず、軌道に乗った状態をキープして直ぐに戻るつもりでいたので足を止めることをしたくなかったのです。

しかし現実は慣れない母との生活。再発しないか不安でずっと緊張して眠れず、母は病気からの鬱状態と後遺症、高次脳機能障害、注意欠陥と合わさり、今まで里帰り時だけだった事が、生活のサポートとなると見逃せないこともあり思い悩むことが増えました。

そんな中、ボスや仲間とまたオーダー家具などの製作を増やしていこうという希望がなんとか気持ちを立て直すことが出来たのですが、とある朝、他界したと息子さんから電話があり、介護で葬式にいく時間もなく、何一つ成し遂げられない自分が嫌になってきました。

1人でも続けて目的に向けて歩みを止めないぞ!っと奮い立たせ、ありがたいことに仕事依頼は複数増えてきた状況は続きました。

しかし…

  • 申し訳ございません、行けません
  • 申し訳ございません、出来ません
  • 申し訳ございません、もう少し待っていただけませんでしょうか?
  • ありがとうございます、行けたら行きます
  • ありがとうございます、落ち着いたら手掛けます。
  • 申し訳ございません、やはり出来ません
  • 申し訳ございません、やはり行けません

申し訳ございませんを繰り返す日々、仕事がない時代から積み上げて来た信頼でせっかくの依頼を断るというのは相当ストレスでした。もちろん母を優先したのは私の意思、1番辛いのは母だし、母が悪いわけでも責めるわけでもありません。

ただ仕事が出来なくなることに絞って考えると申し訳無いし、情けないし、悔しいし、未来が見えないし、30代からの介護離職ってこういう辛さ、虚無感なんだと、今までばネットニュースの体験談などはヒトゴトでしたが共感できます。

介護鬱って立場にならないと家族でも携わってないと理解出来ません。ドラマやドキュメンタリーで涙を流したとしても、リアルな気持ちは当事者のみ知る葛藤だと学びました。

それでも仕事依頼が来るので、依頼者様にも期待させて迷惑かけるし勇気を出して休むことにすると言い切る公表をしました。マイナスから築いたものがまたゼロになる悲しさをグッと堪えました。

どんどん引きこもり考え方が狭くなり希死念慮に襲われる日々。ずっと死ぬ方法を自然と考えているのです。私は役立たずだから食べる価値が無いと拒食にもなりメンタルが悪い状況が続きましたが

ブログ(記事は消えましたが)やメールマガジンなどで思いを吐き出したり、ガイドの方のネット配信は変わらずし続けることでなんとか社会と接点をキープしながらもそこにいない自分が歯痒かったり気分の浮き沈みは激しかったです。

ただ、母優先という気持ちは変わりません。だからこそ両立出来る方法を探しつつ田舎に一緒に帰る方向に気持ちを向ける日々、理想を描いても現実は都会で引きこもり介護…

そんな中、知人の木工所が人手が足りないからできる時間だけでいいから手伝いに来て欲しいと連絡がありました。

いや…介護で手一杯だよ…夜中に何があるか分からなくて不眠だし…家具を作るための体力と気力がキープできないよ

ああ…でも家具作りしたいなぁ…

このままでは本当に『生きる屍』だなぁ…

14.田舎暮らしで築いた仕事・家具職人の仕事を人に任せてみる

続く。