家具職人への道8~勉強・修業の門が開く~

一年間、木工を学べるチャンスを逃さまい!と 女のお前では家具職人で食っていくのは無理だといわれているのに図太くしつこい私は試験会場に行きました。

家具職人への道7~門前払いの修業への道~の続きです。

家具職人への道8~勉強・修業の門が開く~

私の姿を見るなり師匠は、、、

来るなって言ったのに…

とそっけなく、面接でも無理やぞお前。っといわれ、2つほどの質疑応答でそそくさと退室させられました。

あぁ…本当に来るなってことだったのね…

と家具職人修業の場を手にすることができない現状にかなり落ち込みながら帰宅し、家具職人の求人もだめ、修業もダメ、

さて…この次はどうしたもんだか…勉強っていっても本を読んで技術が身につくわけでもないし木工教室に通うのか?それは違うよね…などとネズミの走る天井を見上げたのは今でも覚えています。(風呂無しの文化住宅に住んでました。)

合格発表の日になり、どうせ落ちてるんだろうけど、とりあえず、このままでは諦めきれないから発表を見に行きました。一応羞恥心はあるので、こそーっと。

現実を見るのが怖かった…

ドキドキしていると後ろから、私の下の名前を呼ぶ声がしました。私の身内や友達ですら、下の正式な名前を呼ぶ人はいないのでどきっとして振り返ると

いらっしゃい

と師匠が…にやけています。

えーーーーーーーーっと・・・

ちゃんと合格発表の掲示板を見ると

私の名前がある!!

師匠は、頑張りなさいと、笑っていました!

後日、聞くところによると、私は筆記試験で満点だったそうです。100点だと落とす理由もなくなるし必死で勉強したんだろうなと師匠は思ったそうですが実は勉強してませんでした(笑)

試験要項に一般常識と書いててなにが一般常識なのかわからないし、まあ何とかなるだろうと…元々、頭がよかったんですね(自画自賛)

わーいわーい。と、私は早速引越しの準備を。風呂無し文化住宅17000円から、学ぶのに早朝から行くつもりだったので、近くのユニットバス(風呂トイレ一緒)の25000円のワンルームにしました、

バイトも探さないと!っと土日祝日のカフェのバイトも決めて、即引っ越し、家具職人の技術を身につけるための準備OK。

希望だけを胸に、家具職人への見習いの道を開いたのでありました。

女家具職人

そこから毎日泣くことになるとは知らず…

家具職人への道9~道具の手入れ漬けの日々~につづく

編集後記

父の死別により自分でお金を稼がないといけないという強い意志もあり、高校3年間はバイト掛け持ちで勉強は二の次でしたし、当然頭はよくありません。社会人になっても昼間は会社員。夜は飲み屋さんで働き

とにかく予定を詰め込み暇ではない人生でしたから家具職人の修業をしながら土日祝日にはバイトという生活は全く苦でもなくやっていけると思っていましたし、今があるのがその答えです。

しかしながら、ちゃんと計画を立てて行動を起こしている人にとっては当たり前にできることでも、私みたいにいきあたりばったり思いつきでズカズカ行動するだけではすんなりスムーズに進みません。

私は不動産の仕事をやめてからずーーーーーーっと貧乏でした。もちろん目標があったので平気でしたが、お金も時間もなくて病院に行けないなどのリスクがあります。実際私はこの頃に患い、治療をしなかった病があり、世間で言う女の幸せというものを手にすることはできず人生の幅を狭くしました。

全ては手に入らないんだなあ~私は家具を作る仕事ができるということが一番の優先順位だったので人生の幅が狭くても後悔していません。思いっきり挑戦できた時間、本当に良かった!!

ただ貧乏どん底の私からの忠告ですが貧乏というのは心も体も蝕みますし、仕事に集中することができなくなります。(その葛藤は家具職人への道、続編に記載しています。)ですから家具職人の修業をしようと思っている方は1-2年はお金に追い詰められずに生活できる余力を持って挑むことをおすすめします。

(ちなみに消す以前のブログ記事から頑張る女性系の企画や貧乏系のテレビ番組の出演依頼がものすごく多かったです…。もちろん貧乏は私だからであって、一般的に家具職人は貧乏という失礼なイメージになるといけないし、私の顔はキモいので)出ませんでした。