子供の頃憧れた家具職人を仕事にし、田舎移住をし仕事に没頭するも倒産・リストラ・無職…描いたスローライフは遠い日々。

9.田舎で無職、経験を活かした仕事で失敗を繰り返しながら食い凌ぐ

の続きです。

憧れた家具職人という仕事を離れ落ち武者のような気分を持ちながら、復活を諦めず、今まで培ったスキルを活かして求められる仕事を真摯にこなす日々、2012年から2015年頃のこと。ただ家具以外の仕事で表に出ることはこれ以上嫌だったので、テレビや雑誌取材も名前が出るものは断るようにしていました。

少しずつ少しずつブログ経由でオーダー家具の見積もり依頼が入り始め、知人の木工所や県の技術センターで機械や場所を借りて家具職人としてボチボチと復活し始めた頃には、女性家具職人としてテレビ出演のオファーが増え始めました。

しかし、それもバラエティで勝手にイメージされたライフスタイルを演じたり、お願いしていない変身を手掛けられたり、貧乏系だったり、芸人さんが素人を笑いのネタにするものだったりで、自分のこれからの仕事にプラスになることもなく出るデメリットの方が高いものが多く、

逆に夢追いキラキラ系、成功者系だとまだまだ目的半ばの自分には見合わず、未完成のままだと観る人に感動や希望を与えることも出来ないし、もっと素晴らしい有名な家具職人さんや美人な女性職人さんがいる中で、人生失敗続きで気持ち悪い顔の私はキラキラ系は不適合だと断っていました。

とにかく見た目も生き方もコンプレックスの塊で不特定多数の人様の前に出たくなく、ただ目的に向けて黙々と仕事のためのネット集客(オーダー家具を必要としている方や家具職人を目指す方に限定)をして田舎にいながらにして仕事を成り立たせることを目標にしていました。

ありがたいことに広告費も一切使わずにネット集客のみでオーダー家具の見積もり依頼から受注ができるようになり、業者さんからの依頼も入り始めました。見積もりなどはボスに協力してもらい、またタッグが組めるようになり、完成品は配送のみ、たまに現場設置で納品に出かけたりしていました。

少し余力が出てホッとし始めた私は今まで音信不通にしていた友達に東京出張がてら会って皇居を朝ランしたり、夜は飲みながら話したり、大阪出張がてら大阪城ランニングした後に飲んだりお泊まりしたりと友達と会い飲んで記憶を失くすなんてことも多々ありました…

楽しかったし今までの1人思い悩んで来た日から解放され、明るい理想の仕事が出来てきつつある嬉しさに満ち溢れていたので愚痴ることもないため迷惑をかけずただ陽気なビール飲みの私、未来が見えてきて調子に乗ってきたんだと思います。

また、田舎の集落のイベントやご近所さんとも飲む機会が増えて、田舎移住してから家では飲まず、正月の実家や出張時のみ飲むと決めていたのに1人でも飲む夜が増えて習慣化し始めました。

しかし、とある日からお酒を飲んだ翌日から罪悪感に悩まされ、モヤモヤした気分が続くので調べたら、アルコール依存性と鬱病の関係が書いてあり、

絶対に鬱病になりたくない!

とキッパリ断酒したのが2016年4月。キッパリ辞めた理由は、私の父は仕事人間で、家で顔を合わせることも年に数回、休みも接待で不在、いるとしたら怒ってばかりで空気が悪い家庭。会社のために尽くすも会社の身内に支店長の座を横取りされて左遷から病気になり早くに他界しました。

今までの話を読んで頂いた方はわかると思いますが、真似したくないと強く思って自分の好きなことを仕事にしてスローライフを送りたいと思っていたのに血には抗えないのか、会社に尽くしてリストラなど、ほぼほぼ人生が似ているので次は病気が怖くて断酒しています。

それから気を引き締め直し、家具製作で安定させるためにネット集客と製作の仕事をして、息抜きには海辺や山を歩く穏やかな日々を過ごしました。

その息抜きがまた私の田舎暮らしを潤す第二の仕事になるとは思っていませんでした…

(息抜きで始めた野菜作り&援農が家具職人として仕事ができない時の仕事になったこと含め、どうやら私はハマればただの趣味では止まらないようです)

11.田舎移住12年過ぎて地域活動の魅力にハマって仕事にする

続く


※30代で介護が始まるとは思っていなかった2017年、奇跡的に命が助かった母とのリハビリ生活を選択。自分がこの時に移住先で築いてきた仕事が全部出来なくなることをが想像できていない頃のお話です。