2004.4 田舎移住計画成功!ワンボックスカーに木工道具とサーフボードとソファーと服を積んで途中の山道の美しい桜並木を通過し田舎暮らしスタートです。

あ。キャノンデールの自転車も連れて来ました。

1.家具職人、田舎移住を目指して木工所で面接

の続きです。

2.家具職人の田舎暮らし・仕事も趣味も充実したスローライフの理想と現実

田舎暮らしの住まいは面接官である実質の経営者であるボス(今後ボスと記載します)が知り合いの不動産屋さんに探してもらった物件で、木工所へは自転車で5分、1番近い海へは車で10分かからない場所です。

しかも地方なので広い割に家賃が手軽だし何より駐車場代が安い!さすが車社会&土地が安い。大阪では駐車場代だけで何万円もするので余計にリーズナブルに感じます。

私自身、家具職人を目指す前は不動産屋に勤めていたから図面みたらだいたい想像つくし、住めたらいいので資料だけで前もって契約して、移住当日に鍵をもらいました。

田舎で新生活の初夜・理想の暮らしにワクワク

部屋の鍵をもらい、街ブラがてら必要な日用雑貨を買いに自転車で出かけると、JAやホームセンターが近くにあり、コンビニもすぐそこだったので全く不便ではありません。

どうやらこの辺りは商業地域でもあり、大学も少し先にあり、飲食店やスーパーなども程よい距離にありました。

寂しさを感じることもなく、ワクワクしながら眠った初夜。窓にカーテンが無いことに気づき、電気をつけたら部屋が丸見えなので真っ暗にしてキッチンの灯りを頼りに眠りました。

引越しを何度も繰り返して来た私、高卒からほぼ一人暮らしなのですが新生活はどこでもワクワクします。

翌朝は日曜日なのでサーフィンでもと海に出かけました。

近い!最高!

波があまりなかったけどちょっと入り練習…。まさかこれが田舎移住して10年以上の内、たった2回のうちの1回のサーフィンになるとは…

田舎移住で家具職人初日から迎える現実

木工所に初出勤、面接時にジロジロ見てきた彼が『あ、2月◯日に黒い服着て来た人、僕知ってる』と声を掛けて来ました。

後に私の孤独な作業時に心の拠り所になるうちの1人、タロちゃんです。障がい者と自閉スペクトラム症とされていますが、数字の記憶が抜群で一度聞いた寸法は忘れないし誕生日や車のナンバーも記憶していますので頼りにしていました。

ちなみにもう1人の拠り所はコバちゃん。会話や文字を書くのが苦手ですが、組み立て家具を完成させるのが抜群に早く、倉庫市で家具直売をする際に手伝ってもらったり現場に行く際に運び手としてついて来てもらっていました。

このように、木工所では半数ほどが何かしらの障がいや特性を持っていましたが適材適所で一つのことに長けている(鍛練された)人がいました。聴覚が無い方も車を運転して出勤してNC担当で私はジェスチャーのみでそのNCの使い方を教わりました。

メインは量産家具の工場です。朝礼時に挨拶を済ませ、私はいきなり店鋪什器の取付現場に同行することに。

レジカウンター後ろの長い吊り棚の取付です。それから、私が面接していただいた時から忙しいとされていた新築病院の内装家具工事の続きをすることに。

工場は通販家具の量産で流れがあるため、機械を使うと流れが止まるので空くのを待って夕方から製作したり、提携している障がい者施設の木工作業場に行って芯材カットなどしていました。

今まで外注や慣れない人たちで製作していたオーダー家具は私が製作することになり、病院や保育園、産婦人科、店舗、ホテル、公共観光施設などなど様々な物件家具を納めました。

もちろんまだ経験浅いので作ったことが無い仕様の家具もあり、かといって1人のため誰にも相談出来ないから独学・我流で試行錯誤していました。

没頭すると気になって遊びに行く気持ちが持てず波乗り練習も、いつでも行けるさと後回し…本来の目的の仕事と趣味を充実したスローライフは仕事一色になりましたありがとう

私は夏休みの宿題はもらった日に日記以外は全部やって気にせず心置きなく過ごすタイプで、仕事も終わらせないと気が休めないのです。

だからどんどんこなして行っても終わりがなく(笑)さらにいうと工場の邪魔にならないよう休日や朝晩に機械を使うので休みはありませんでした。

ただこれは強制ではなく自分の性分であり、自分でも抑えきれません…まだまだこの仕事で食べていける実力がないこともわかっていたし焦りもありました。だからこそ仕事の場数をこなして自信をつけたかったのですが、いつまで経っても、今でもまだまだ実力不足、日々精進です。

田舎の建築現場で監督と喧嘩したり大工に怒ったり

物件家具の仕事はゼネコンからなので現場には監督がいて、大工、左官、軽天、設備、内装と様々な業者さんが集まり仕事が進んでいきます。

田舎で女性職人は当時出会ったことがなく、嫌でも目立ちました。しかも20代半ばなのでいちいち冷やかしで近くに来たり、大工さんに関しては脚立に乗る私に対してお尻触ったりとかしてきました。

『何してんねん』

『セクハラ辞めろ』

などハッキリいう私の反応がまた刺激になるらしく…今まで殺伐とした現場が明るく?なったらしいです。(私はよくわかりませんが)

休憩時間にコーヒーくれたり昆布茶をくれたりし、一緒に過ごしてみんなの女性問題?についてほぼ下ネタ話を聞いていました。男性同士の会話時間を邪魔しないよう…今じゃ問題でしょうね…

現場で嫌なことは段取りが悪く遅れること。工程表通りに出向いても左官屋さんが入る日は家具の設置ができない時もあり、監督がそれを知らせずに出戻りになることも多々ありました。

現場あるあるなのはわかっていますが、私は移動時間がもったいないし、やること他にもあるので知らせてくれたら来なかったのに!っという気持ちです。

遅れた分、工期が延びるわけではないので締切を急かされるのが家具、内装、洗い屋、という仕上げ仕事業者への皺寄せが憤りを感じることも…

中でも床や壁や天井がかねて(真っ直ぐ)ではないため家具を削って合わせたりするので時間かかかります。

で、だいたい同じ顔ぶれなので毎回左官やさんが床が真っ直ぐではないので家具を削ることが重なり、ついに現場監督に

『左官やさん呼んで欲しい。毎回同じで後から家具設置に苦労してることを知ってもらいたい!』

といったら

『まあまあ姐さん(私はそう呼ばれていた)穏便に…』

というので

『悪いことに気がつかないと成長が無いしあとが迷惑やから言いたい』

とまぁ血気盛んで言いたいこと我慢できない性分でした…でもそれが故に1人でも現場にいっても何かと他業種のみんなにはお世話になり勉強にもなりました。

趣味の波乗り練習だけでなく、好きな仕事の家具製作、この現場取付もできなくなる日々が来るとは思っていませんでした…

3.怒りの家具職人・田舎の国道沿いで手作り野菜販売ならぬ家具の直売始めるぞ

に続く