親の介護をしない・逃げる兄弟姉妹を責めない歪んだ理由

私はワンオペ介護をしている、介護が始まる前に母親の在宅介護・姉弟の誰がするか話し合いがありました。そのことについてはこの記事に記録しています↓

母親の在宅介護・姉弟の誰がするか話し合いの当時の記録

そこにかいているように、子供の頃に父が他界した時からいつかは母の介護をするものだと思ってそれまで好きなことをして養える基盤を作ってっと考えていたけど想定していたよりも20年も早くて正直何の心づもりもできていなかったし、自分のやりたいこととか築いたことが大成しないまま途中で放棄することがとても苦しかったことを今でも鮮明に覚えています。

今でもずっと自分の人生について考え込んで病んでしまうこともあるし、逆に自分の人生を諦めると生きる活力も失ってしまうので本気でもう立ち上がれなくなるという精神的危機も感じています。

母の介護が始まって、一日も他人に任せたことはなく母ファーストで生活をしてきました。仕事にもいろいろ思い悩むこともありながら生活のために我慢していることもあり、何とかなんとか母にひもじい思いとか不便な思いをさせないようにとそれだけを考えて暮らしてきました。いや、それだけでない、姪っ子甥っ子のことも考えて頼られていると感じたときには自主的にサポートすることもよくありました。

とにかく家族の事を考えると仕事は何でもいい、自分が何者でもなくて裏方で支えるだけでいいという気持ちもわかる気がしました。というか自分の欲望を持っていると出来ない。自分のやりたいこととか感情は忘れ去る方が家族に集中できるし楽なのです。

もちろん、すぐにその考えにたどり着けたのではなく、自分の目標の為に費やして生きてきたものが全部なくなりとても苦しく死にたくなる日、泣きわめく日、自分を責めて落ち込む日、自己嫌悪で消えたくなる日、居ない方がいいんじゃないかって本気で思う日、とにかく自分を責めてせめてせめて自責の念で辛い日が9割。未だにそんな感じで毎日綱渡りの精神状態。割れそうな風船(心)をひやひやしながら障害物に当たらない様に暮らしているのです。

なんとかなんとか自分の欲とか願望とか理想とか自己顕示欲とかもろもろ捨て去って心を無にして生き延びてきた感じです。しかし、表向きには資格を取って未来を見据えたことを考えて生命力を保とうと考えたりと支離滅裂で、書く記事の度に感情が変わっていたり、直接会う人には元気で前向きを装っているのでネガティブな本音は嘘つきだと思われたり、同情誘う演出だとされたり、とにかく受け止める人によって全く見え方が違うのだと思います。

自分自身は今すぐにでも生涯を終わらせたい、しかし、そうするとほかの家族が背負うことになる、だから母の介護が終わったら自分も生涯を終わらせよう、と決めてから楽になった自分がいます。そういうこと、誰にも話せないじゃないですか。家族に話しても理解されないか、逆にすごく心配させてしまうので絶対に言えません。

かといって介護できないと最初から抜け出せた兄弟姉妹に対して今更介護を手伝わせて同じネガティブなゾーンに引きずり込んではいけないと思っています。関わると感情的に抜け出せなくなるし、気になると日常生活にずっと頭が母のことに支配されてかなりひずみが来るのです(私だけかもしれませんが)

そんな沼を避けた兄弟姉妹を今更引きずり込みたくない。本音を言うと関わらなくてうらやましいとさえ思う。見て見ぬふりして要所要所で数分逢いに来て帰る、それでトラブルなく喜ばれて母も元気になっているんだからそれでみんな幸せですよね。

子育てに必死でその比重が少なくなり、自分の生活が落ち着いてきたころに今更手伝いたいといってきてもせっかく抜け出せたのだから抜け出したままでいいんじゃないかと思います。なにより母の介護に携わることにより兄弟姉妹の心身と時間を割くことによって甥っ子や姪っ子のメンタルや生活が悪化すると気の毒でそれは望んでいないのです。

それでいいと心底思っているのですが、私自身が元気じゃないから元気なフリもできないし、甥っ子姪っ子の前では元気でいたいし暗い表情みせたくないし、兄弟姉妹と話す気力もないので逢いたくないのが本音、だから家族が母に会いに遊びに来る日は外に出て帰るまで公園で時間をつぶしています。

そのことにより誤解をして兄弟姉妹は私が怒っていると思っているでしょう。怒っているのではなく、自分自身がしんどくて耐えきれないけどそのことを誰にも話せない、話して巻き込みたくないというのが本音なのです。解決しない問題を相談して、説明しても理解されない苦しみ、または共に堕ちていくのは私の意に反します。

これってだれかが悪いというものでもない、しいて言うなら私が甲斐性と精神的なゆとりがあれば私自身が病むこともなく、他の兄弟姉妹が介護するしないという議題で悩むこともないのだと思います。

ダラダラと書いてしまいましたが、本題のタイトルにある親の介護をしない・逃げる兄弟姉妹を責めない歪んだ理由 というのは、私の父が他界した時、家族はバラバラで重く暗い状況でした。詳しくは書きにくいので割愛しますが、家族が抱える問題を全部父が引き受けてそれをあの世に持って行ってくれたんだという事に気が付いたのです。そしてその役目を今私がしているという事にも気が付いたのです。

無意識のうちに性格を引き継いでいる、私が全部受け入れることにより他の家族が幸せになれるのであればそれでいいと心底思っています。じゃあなぜそれを正論だといわずに【歪んだ理由】としてあらわすのかというと、父の死が世間からすると歪んでいるから、ただそれだけのことで、私自身は自分だけが抱えてあの世に持っていくことを実践したいと思っています。やっと父のこと理解できました。

※健全な家族関係であれば皆で協力し合うのが良いと思います。一人で出来ません。みんなができないとしても最低限、理解者や協力者がいるといないのとでは全く違います。実際、介護きっかけにみんなで協力し合って仲良くなったという人もいて、私の状況にびっくりしていました。なので【歪んでいる】という表現は一般的に正しいのでしょう。

最後に。タイトルの【親の介護をしない・逃げる兄弟姉妹】は検索対策のようなもので、介護から逃げている兄弟姉妹がいらっしゃる方が違う視点で考え方の整理ができて楽になることができれば…と思った次第で、自分の兄弟姉妹が逃げているわけではなく、子育てで忙しいから私が相談しきれなかったのが問題というのが正しいです。

ただ、(また話変わるんかい)これ書いた翌日、あることに気がつきました。母が1番自分の人生を生きれなかったんだろうなと。色々責めて申し訳ないと思うしやり場のない憤りも感じます。これも私に『ゆとり』があれば問題ないのですが長くなるので次に書きます。


必読→ 自責の念から介護うつ状態の悩みが晴れやかになった書籍 この書籍にもっと早く出会っていたら、下記の体験記をうだうだ書くことはなかったと思うほど高次脳機能障害と発達障害の理解ができず介護うつ状態の自分にとって良い解決策がたくさん掲載されていました。

読めば読むほどこのブログに書いているような自分の負の感情で母を傷つけてしまったこと悔やんでいます。

8050問題、7040問題は他人事…の私が30代、母親は60代という6030で介護生活が始まるとは思ってもみず、準備や事前知識もないまま在宅介護が始まった体験談をリアルな感情込めて

  • 介護離職
  • 在宅介護の準備
  • 介護で同居開始
  • 30代独身からの介護生活
  • 介護うつ
  • ひきこもり
  • 介護での新たな気づき
  • 介護と仕事の両立

など自分にこんな感情があったのかっと予想だにしないネガティブなことから様々のことに向き合い、学び、前向きになれるまで3年、しかし、その1年後にはもっと激しいうつ状態へ…今後の明るい介護生活と自分のやりたいことを両立させるまで途中経過を記載します。

上記にも記載しましたが私の理解不足により高次脳機能障害という見えない障害でつらい母に寄り添うことができなかった日々…同じ境遇の方は是非読んでみてください。

「脳コワさん」支援ガイド (シリーズ ケアをひらく)

仕事や住まいも自分の思い描いた人生に向かうために書き綴ったブログはメインに記載ていますので省力しますが、お時間がある方や興味がおありの方は

をご覧ください。(長いです…)