個人アカウント削除しました。仕事との二面性

今日個人のFacebookを完全にアカウント削除しました。田舎暮らしから生活が一変して自分でも信じられない精神状況になり、弱音吐きたくないし、ふと書き込んだら後悔の念を持つのがわかるから最初は見ないようにして放置してました。

しかしアカウントがあること自体が苦痛でアカウント利用解除をしてまた元気を取り戻したら再開しようと考えて、災害があった地域に住む知人が大丈夫か確認するためにログインをしたりでズルズル放置していました。

なぜアカウントの削除をしなかったかというと仕事の連絡でメッセンジャーを使っているからです。フェイスブックの利用解除だけだとメッセンジャーは使えるし、私はLINEをしてないので連絡ツールに便利でしたが、携帯メールでも連絡できるしなって事でアカウント削除を実行しました。仕事関係者は明日以降アカウントないからびっくりするかも…

私の悪いところで田舎移住を決行したり過去にも個人のTwitterを消したり会社員時代のブログを消したり、学生時代の同窓会に参加しないなど含め、人付き合いの遮断をしてしまう逃げ癖みたいなものです。

今は誕生日にお互いメールするけど15年以上あってない中学時代の親友しか連絡をとっていなく実質友達は0です。自分から選んでそうしていて自分の欠陥が生み出したことを自覚しています。

今まで知り合った知人はどんな私でも見守ってくれる温かい存在で励ましの言葉や心配して声をかけてくれたり、わたしが一方的に消えても変わらず迎えてくれたりとありがたい気持ちでいっぱいです。

しかし、その優しさに応えられない自分が惨めで話すことも出来ず自分から逃げてしまう。何度かやらかしているので今回は気持ちが復活するまでフェイスブックは維持しておこうと思い3年キープしましたがダメでした…ネガティブな自分が本当に嫌で、さっきも消すためにログインしたら知人の笑顔の写真とか楽しそうな姿をみたら自分が愚かで涙が出てきました。

もちろん消す宣言もしてないしお礼や謝罪もしていません。多分消したことすら気づかれないだろうから敢えて思い出してもらうのも悪いから黙って消しました。(友達と仕事は混合してないから仕事のブログとTwitterは知られていない)

これでメンタルもライフスタイルも復活した際にノコノコまた友達申請する勇気はありません。

知人が何か困ったことがあった時に手を差し伸べることができない自分も情けないし不義理だな…自分勝手だな…(この葛藤も抱えていた)

でもアカウントが完全に無くなって、弱い自分を吐露してしまいそうな可能性が完全になくなったから良かった。今までもらった夢に向けての励ましの言葉が支えになって乗り越えていけます。

今は仕事と母親以外、人と話すことも全くない日々ですが、こんなわたしでも仕事は『人の役に立つこと』『困りごとを解決すること』『知識と元気をシェアすること(歴史自然ガイド)』を胸に集中しています。

本体がネガティブなのに二面性があるのか仕事だけは活力が湧いて夢中になれる為、バランス保てるので助かっています。

知人には目標に対して挫折しそうな時に助けてもらってばかりなのに、結局まだ良い報告が返せない自分に耐えれずごめんなさいって思います(誰も気にかけてないのに自意識過剰なアホだと自覚もしています。)

ちなみにこのブログ記事を2013 年から2019年の6年分を消してしまったのは故意ではなく、サーバートラブルの解決時に消してしまいかなり落ち込んだのは本当のことです… さあ今後の自分の仕事に必要な知識と経験を積み重ねる時間に費やして再復活目指すぞ。